ディズニー三部作

プロローグ

「武家の商法」とはよく言ったもので、シンデレラの父も不慣れな商売に手を出して財産の大半を失った。
男爵だったシンデレラの父は、下がり続ける穀物価格により荘園からの収入が減っていくのに耐えられなくなり、一念発起して茶を扱う貿易商社を立ち上げた。
しかし、海千山千の商人にいいように扱われ、商品は高く仕入れさせられ、安く買い叩かれた。
そして、一発逆転を狙ったリスクの大きな取引で失敗し、会社はほとんど破綻状態に陥った。
代々受け継がれてきた荘園は人手に渡り、毎日借金取りに追われる中で、シンデレラの母は、心労が重なり、病に倒れて亡くなった

第1章: 灰かぶり

そんな中、シンデレラの父は裕福な未亡人と再婚した。
継母の持参金と、認めざるを得ないその経営手腕によって、会社は持ち直した。
シンデレラの父が亡くなると、男爵家から武家の雰囲気は一掃され、完全に商家となった。

家族のだれもが仕事をしなければならなかった。
継母と3人の姉たちは、商売のために朝から晩まで駆け回り、夜には深夜まで皆で数字を睨んでいた。
シンデレラにはそのような商才はなかったので、家の中の仕事を引き受けた。
掃除、洗濯、炊事、帳簿付け。数人の使用人と一緒に、家のことは何でもこなした。

シンデレラは、そのころよりシンデレラ(灰かぶり)とあだ名されるようになった。
若い人の中には、シンデレラが虐待されていたように思う人もいるが、当時の商家にあっては、かまどの近くの灰まみれになる場所に寝床があるのは、家政を取り仕切る者の特権でもあった。 継母や姉たちが薄い毛布にくるまって震えながら寝る中、シンデレラは炊事の余熱で暖かく眠ることができたのだ。

シンデレラの父の爵位は、当然のように、家を建て直した継母が男爵夫人となって受け継ぎ、やがては長姉に婿をとって受け継がせることになった。 他の姉たちも相応の家に嫁げるように社交界にデビューした。
継母は、シンデレラには荘園のごく一部を買い戻し捨扶持として与えることにした。いずれ、長姉が婿を取り男爵家を継ぐときには、シンデレラは荘園の小さな家に移り住み、数人の小作人と静かに一生を終えることになるだろう。

第2章: 王子との結婚

シンデレラは、継母を恨みに思うことなど何もなかった。
継母がいなければ、もっと悲惨な目にあったことは明らかだった。捨扶持とは言え、代々の領民とともに、衣食に困らぬ生活ができることを保障してくれたことに感謝さえしていた。 しかし、もしも父が事業に手を出さなければ、私は男爵家のお姫様として育ったのだろうと、時折夢想することもあった。

そんなとき、お城で舞踏会が開かれるという噂を耳にした。
継母と姉たちは、上流階級への顔繋ぎのため、着飾って城へと向かった。
シンデレラは、それを羨ましいとは思いながらも、所詮は叶わぬ夢と諦めていた。
むしろ、口うるさい継母がいなくなったのを幸いに、今夜は使用人たちと少し豪華な夕食をとり、ワインも少し多めに楽しんだ。

使用人たちの間に酔いが回ると、シンデレラの父の代から男爵家に仕えている老婆が泣き出した。
老婆は、男爵様には大変な恩義があり、その娘である「お姫様」が使用人同然の扱いを受け、舞踏会に行けないのは大変口惜しいと語った。 そして、自分は魔術の心得があるので、それでシンデレラの身支度をしてあげたい。そして、ぜひ舞踏会に行ってほしいと申し出た。

シンデレラは、初めは呆けた老婆の戯言だと思っていたが、老婆はかぼちゃを豪華な馬車に変え、子ネズミを美しい白馬に、親ネズミを立派な馬丁に変えた。そして、トカゲを凛々しい従者に変え、シンデレラの粗末な作務衣を息をのむほど立派なドレスに変えた。
シンデレラは、一生に一度のつもりで舞踏会を楽しんだ。 余りの楽しさに時間を忘れ、魔法の切れる時間が迫ってきてしまった。 シンデレラは、急いで城を後にした。その時、足元からガラスの靴が脱げてしまったが、拾いに戻る余裕はなかった。

王子は、派閥争いや縁組が真の目的である舞踏会に辟易していた。そんな中、一人心から楽しんでいるように見えるシンデレラは、ひときわ輝いて見えた(なにしろシンデレラは、一生分の舞踏会を楽しもうとしていたのだから)。 そして、その少女は、美しいガラスの靴を残して消えるように去ってしまった。
王子は、その少女に運命を感じ、家臣たちに、城下のすべての娘を調べて、ガラスの靴の持ち主を探し出すように命じた。 城下で見つからなければ国中を探し、国内で見つからなければ、外国までも探すようにと。

そうして見つかったのが、シンデレラだった。 シンデレラは、王子から求婚され、それを受け入れた。 断る理由はなかった。
捨扶持の小さな荘園で一生を終えるつもりでいたのに、王子の妃となれるのだ。
シンデレラは、ガラスの靴がシンデレラの足にぴったりと合った時、継母と姉たちが、一瞬面白くない顔をしたのを見逃さなかった。 しかし次の瞬間、彼女たちは満面の笑みでシンデレラを祝福した。彼女たちは骨の髄まで商人なのだ。自分の女としての感情とは別に、常に合理的な判断をもとに行動ができるのだ。

第3章: 灰かぶり姫の憂鬱

初めのうち、夢のような日々が過ぎた。
温かい布団、美味しい食事、毎日の湯あみ、献身的な侍女たち、そして何より、シンデレラを深く愛してくれる王子。

しかし次第に憂鬱になってきた。

貴族たちは、表向きはシンデレラに慇懃に接していたが、言葉の端々に、仲間内にだけわかる揶揄を含めた。
嫌らしいことに、彼女たちは、シンデレラにも揶揄されていることはわかるが、どのように揶揄されているのかわからないギリギリの線をうまく攻めてきた。
そのため、シンデレラが王や王子にそのことを訴えても、その訴えは具体性を欠いた。彼女たちは、ただシンデレラに親切にしているだけで、それをいじわるととらえるシンデレラの方が被害妄想に駆られているのだと言い訳できた。
しかし、その手の嫌がらせは、ただ単に彼女たちの言葉を言葉の通り受け取るようにすればやり過ごすことができた。

「今日のお妃さまのお召し物は、ずいぶんと動きやすそうですね。まさか、お庭の手入れでもされるおつもりで?」
「よくおわかりね。一緒にバラの手入れをしてくださらない」

「たくましい二の腕でうらやましいですわ」
「あら、ありがとう。王子様も褒めてくださいますわ」

「斬新な着回しだこと」
「今までのドレスと違って、涼しくて、動きやすくて、快適ですわよ」

「たいそうパンがお好きなのですね」
「ええ、さすがは王国一のパン職人ね」

それらは、言外にシンデレラが王太子妃にふさわしくないと言っているのだが、シンデレラはそれを文字通りの誉め言葉や単なる感想として受け取ることにした。 逆にシンデレラがそれをやりすぎたせいで、今ではそういう伝統的で微妙な嫌味が、王宮ばかりか民間でも通じなくなってしまった。

それはさておき、当時のシンデレラが本当に耐えがたかったのは、庶民からの容赦ない嫉視だった。 特別な才能や努力もなく、単なる幸運で支配者ファミリーの一員となった「商家出の女」。 そんなものの贅沢を支えるために、一年の半分の稼ぎを税にとられるのはまっぴらごめんだという実際的な不満が、幸運を手にした女に対する嫉妬を正当化した。 馬車での移動、教会での礼拝、様々な公的式典、そういった庶民と交わる場で、彼らはシンデレラに刺すような視線を向けた。

そんなシンデレラの心の変化は、王子にも伝わり、シンデレラは王子に問いただされることになった。 生まれながらに権力を持っている人々は、自分の直感を信じて疑わない。 生まれてこの方、それを否定する人やことには出会わなかったからだ。 例え王子の直感が正しくなくとも、人に関することであれば言及された当人の方が王子の直感に合わせて変わり、物事であっても臣下が物事の方を変えた。天候など変えられないものについては道化が気をそらしてその場をつくろった。

シンデレラは、自分の気鬱に対して、王子が納得できるような原因を提示しなければならなかった。 そうしなければ、王子はシンデレラにあらぬ疑いをかけ、その疑いは彼の取り巻きたちによって、本当であったことにされかねない。
庶民の視線が辛いなどということは、到底理解されないだろうし、仮にわかってくださったとしても「妃を変な目で見るな」などいう命令は笑いものになるだけである。シンデレラは、頭が真っ白になった。そして、咄嗟に出た言葉は、シンデレラ自身も意外なものだった。「戦が怖いのです」

いったんそれを口にした以上、続きを考える必要があった。がんばれシンデレラ。
シンデレラは、この国の建国物語になぞらえることにした。

昔々、北方の蛮族に襲われたわが国は、農民や兵隊ばかりか王族はじめ、ほとんどの貴族が殺された。 しかし、王家の中で、ただ一人、妊娠中のお妃だけが落ち延びた。王妃は、厩で王子を産み、その王子が蛮族を追い払い王国を再興した。その王子は、のちの世に中興の祖、中宗と呼ばれるようになった。

それを念頭に、王子にもしものことがあれば、私ごときでは、とても中宗さまの母后のような働きはできない。 せめて恥をさらさぬように自害するしかないと言って泣いた。 王子は、そんなシンデレラを愛おしく思い、自分が家族と国民を守るから心配するなと優しく慰めてた。 そして、自分がいなければ、この小さく可憐な生き物が生きられないことに満足を覚えた。

第4章: 王子の活躍

シンデレラの気鬱への疑問が解消すると、王子の頭の中にある計画が浮かんだ。

子供のころから憧れていた大王の戦術や戦略を試してみたくなったのだ。 大王とは、ほかならぬ、我々の王国を滅亡寸前に追い込んだ蛮族の王だ。 王子は、中宗さまのことはもちろん崇拝しているが、それと同時に仇敵である大王の軍事戦略にも心酔していた。

王子は、王国の北地方の狩場で、大王の戦を再現した軍事演習をすることを思い立った。 時は晩秋、すでに麦は刈り取られており、村々では秋祭りの準備に余念がない。 演習で畑を荒らして農民に迷惑をかける恐れもなかったし、なんなら農閑期で暇な農民に小遣いをやって模擬の兵隊を増やすこともできる。

王子は王に
「シンデレラがあれほど不安がっておりますので、この際、自ら王国の北方を巡察し、王国の辺土や諸国に武威を示そうと思います」
と言った。
王は素直に、息子が妃を迎えて成長し、統治者としての自覚が芽生えたことを喜んだ。
しかし、王子は、シンデレラの不安をダシにして、莫大な国費を使った兵隊ごっこをしようと企んでいたのである。

しかし、何が幸いするかわからない。 ちょうどそのころ、北の隣国、あの蛮族どもの子孫が、わが国を侵略する準備を着々と進めていたのである。 かの国は、長年天候不順に苦しんでいたにもかかわらず、ただ税を重くして収入の維持を図ったため、農村が崩壊し、飢餓が広まっていた。 そのつじつまを、わが国からの略奪で埋め合わせようとしていたのである。

そうとは知らぬ王子が宴会をしながらゆるゆると北上したのに対して、北の王の軍は一気呵成に南下し国境の要塞都市に殺到した。王子が、この旅の目的地である王室の狩場に到着したときには、要塞は陥落寸前、周辺地域では略奪や虐殺が横行していた。

この時の王子の活躍は、いまでは軍事の教科書から子供向けの絵本にまで載っている。
王子は、逃げずに、そのまま狩場に布陣した。そして、避難民と現地民に、兵隊ごっこのために持ってきた、たくさんの旗指物を持たせて本陣をうろつかせ、 連れてきた料理人にはどんどんごちそうを作らせて、竈からたくさんの煙を上げさせた。
そして、難民の中から募った道案内とともに盛んにゲリラ戦を展開して、寡兵であることを隠した。王子や、大貴族の跡取りが、自ら槍を取って占領されている村々を威力偵察したり、敵陣に引き上げる輜重を襲ったのである。満月の夜など、敵の包囲する要塞の間際まで進出し、大音声で城兵に救援に来たことを知らせた。

この様子を聞いた北の王は、王子の陣を見て、こんなにも早く南の王が迎撃に来たのかと戦慄し、侵攻を停止していったん陣を退いた。 なにしろ、王子の陣には、国王の紋章をはじめ、国内の名だたる大貴族の旗印がそろっていたのである。 王子の陣には、無数の旗が風になびき、無数の炊事の煙が立っている。遠目には、大軍が整然と並ぶ、精強な正規軍のように見えたのだ。
まさか、王子と取り巻きの若君たちが、千ばかりの兵を連れて、兵隊ごっこをしに来たとは知る由もなかった。

北の王は、大軍をもって奇襲し、わが国が兵を動員している最中に北部平原一帯を占領してしまう計画だった。しかし、目の前には南の王の率いる大軍が堂々と布陣し、国境の要塞は息を吹き返した。北の王の心は、わが国の罠に引っかかってしまったのではないかという疑念に囚われてしまった。

もちろん、数週間もたてば、王子の軍勢が張子の虎であったことは露見してしまう。しかし、それまでの間に、王子のもとには、逃げまどっていた避難民が助けを求めて集まり、その中のおおくの男たちが兵に志願した。また、敵の大軍をやり過ごそうと息をひそめていた騎士や郷士が、王子の軍勢が優勢であることを見て続々と馳せ参じた。最終的に王子の軍勢は数千を数えるようになった。最初に馳せ参じた騎士たちが、王子の軍勢のありさまを見た時の顔を思い浮かべると、苦笑を禁じ得ない。王子は、時折そういうことをなさるのだ。他人を巻き込んで否応なく協力せざるを得ない状況に追い込んでおきながら、あの屈託のない笑顔で「すまぬ」とか「頼りにしている」とおっしゃるのだ。そういわれると、皆、なぜか王子のためならば仕方がないと納得してしまう。

北の王は、王子の軍の実態に気づくと、狩場の本陣に夜襲をかけた。
しかし、そのころには本陣は空になっていた。ただ、たくさんの旗と天幕が残されていた。王子は、腹心に兵を与えて難民を後方に逃がしていた。残りの軍は、本陣で略奪を始めた北の軍に、逆に夜襲をかけて散々打ち破った。王子は北の軍勢の意気を挫くと、軍勢を砦や修道院に配置して、どこが本陣かわからないようにした。そして、勝てる敵は盛んに攻めかかり、勝ち目がなければ潔く拠点を放棄させるようにした。そうやって、味方にはほとんど損害を出さず、敵に出血を強いる、見事な撤退戦をはじめた。

王子は、ペテンによって、北の王の電撃戦の意図をくじき、防衛ラインを築くことに成功したのだ。
しかしわが国が不利であることは変わらない。一刻も早く王都で兵を動員し、武器や糧食とともに前線に送らなければ、防衛ラインが突破されてしまうことは明らかだった。

第5章: 灰かぶり姫の活躍

王都に、王子からの敵襲の知らせが届いたのは、王子が王都を出立してから10日目の事だった。 王も貴族も平民も、厭でも300年前に亡国寸前にまでいった侵略の惨禍を思い出した。 しかし、王子が毎日送ってくる戦勝の報と、嬉々として王子のもとへ帰る伝令の姿を見て、男たちは次々に兵隊に志願した。 実際には防衛線は危機的で、王子が、配下の中でも特に信頼のできる剛の者を選んで王都への伝令としていたなどと疑う者はいなかった。

町や村から平民が身一つで続々と志願し、騎士は兜をかぶり従者を連れて参陣し、貴族は領地から私兵をどんどん王子のもとに送った。 早く戦場につかねば、王子とその取り巻き立ちに手柄を独り占めされてしまう・・・

ところが、戦争とはそんなに甘いものではなかった。 王子は、兵力の増強とともに、なんとか防衛線を維持できるようになったが、そのためには多数の犠牲者と、多額の資金、たくさんの物資を必要とした。

戦争は、シンデレラに有利に働いた。 国の危機にあって、庶民出の王太子妃が庶民的であることに文句を言うものなどいない。 シンデレラは、募兵所で志願兵を勇気づけ、病院で戦傷者を見舞い、戦死者の家族とはともに悼んだ。 息子を失った公爵夫人も宿屋の女将も、ともにシンデレラの胸で泣き、シンデレラの熱烈な信奉者になった。

そんな中、出陣した王に代わり国政の最終承認を行っていた女王が、シンデレラを政策スタッフに加えたことから、この国の歴史は大きく変わった。 女王は文官の言うまま、ただ書類にサインすればよかったのだが、自身が訳も分からぬまま最終承認者となり国の命運が決まっていくことに不安を抱いていた。 王族は臣下を信頼し、黙って決定を承認する。その決定が良い結果をもたらしたならば君臣の誉れとし、失敗すれば君主のみが責を負う。王族や貴族には、生まれたときから当たり前のことである。 女王は、シンデレラ(最近特に国民や貴族からの評判が高い義理の娘)に、この重圧を分かち合ってほしいと思ったのだ。

しかし、「商家の出」であるシンデレラは、サインする命令書を理解することにこだわった。 シンデレラは、自分の預かり知らぬ契約書には絶対に署名しないよう、継母から厳しく躾けられていたのだ。 特に、予算の承認については、シンデレラは文官に財務諸表の提出を求めた。

シンデレラは、継母から男爵家の財務を任されるにあたり、言われるまま BS(貸借対照表)と PL(損益計算書)を作成し、常に C/F (キャッシュフロー計算書) で資金がショートしないようにしていた。複式簿記は、シンデレラにとっては当たり前であり、むしろそれしか知らなかったのだが、当時においては最新の会計テクノロジーであった。

この国の財務官僚は、もちろん複式簿記の知識があり、会計方法の近代化を進言していた。しかし、『今のままでもうまくいっている』という理由で却下され続けていた。そのような中、シンデレラから財務諸表の提出を求められたのは渡りに船だった。 国民から人気の高いシンデレラ妃の指示であり、女王の承認もあるという理由で、財務官僚たちは財務会計の近代化を始めた。それには、自身らが前線に赴いて槍働きをしなくてもよい言い訳になるという実際的な理由もあった。

シンデレラが、急ごしらえの財務諸表 Ver.0.1 を見ると、この国の財政は確かに危機的状況だった。 流動資産は枯渇しつつあり、手元資金はショート寸前であった。
税収は安定しているものの、直近の戦費には全く足りなかった。
莫大な固定資産(城や荘園や宝石類)があっても、すぐに資金には変えられず、慌てて売ろうとすれば足元を見られて、二束三文で買いたたかれるのは明らかだった。
低稼働の国営工廠や鉱山にいたっては赤字を垂れ流していた。
戦争を継続するには、遅かれ早かれ民間からの臨時徴税か現物の徴収が必要となるのは明らかだった。しかし、そのようなことをすれば、国民からの戦争継続への支持を失い、逆に一揆を防ぐために前線から軍隊を引き剥がさなければならない事態も予想できた。

シンデレラは、王子とは別の方法で国を支えなければならなかった。
国の持つ固定資産と将来の税収を担保に、将来的に資金がショートしないぎりぎりの規模で年利8%の国債を発行した。 継母の縁故を頼り、国内の大商人に国債を割り当てたが、起債規模に対し国内の金貨総量が不足していることがわかったため、1割を金貨、残りの9割を割賦とした。商人からすれば、(戦争に勝利するという前提ではあるが)財務的に無理のない債権に対し、実質的に80%の利息が付くのと同じであった。商人たちは割り当てを待つまでもなく、競って起債に応じた。

シンデレラは王立銀行を設立し、国債の代金である金貨と有力商人の借用書を裏付けに、金貨との兌換券を発行した。 この時点で、シンデレラは国内に退蔵されていた金貨の10倍の資金を動かせるようになった。
この資金を用いてシンデレラは、直接的な戦費を支えると共に、国内産業の再編を図った。 これまで、国営工廠では最高品質の職人技を用いた陶磁器や武具が作られていた。 しかし、男の職人は戦場へ行ってしまったため、残された女たちで武具や日用品を作る必要があった。 そこで、シンデレラは残された老名工を説得し、『戦時量産』の考え方を工廠に持ち込んだ。 当初は、素人の女子供にでも作れるよう、品質は妥協し、生産工程を単純化して分かりやすく明示する苦肉の策であった。しかし、品質や機能の仕様を事前に定義し、それを満たすために生産工程を明示するというやり方は思わぬ副次的効果をもたらした。生産工程の単純化と明確化は分業や流れ作業を可能にし、量産を可能にした。そして、分業により作業員の練度が上がり、品質の向上すらもたらした。

シンデレラは、生産を拡大するため国営工廠の株式を公開し、資金を得た。 大商人たちは、王立銀行に国債を担保として預け入れ、その対価として借り入れた兌換券で公開株を購入した。 莫大な軍需品の受注残を抱える国営工廠の株は、金の卵を産むガチョウであった。 そして、王立銀行に預け入れられた国債は、金兌換券の更なる価値の裏付けとなった。

冬を超え春を迎える頃には、シンデレラは十分な資金と工業生産力を有していた。 武具や馬具、馬車は十分な量が揃えられ、男手が不足する農繁期に向けて耕運機や播種機の量産すら始まっていた。 金兌換券は、この国で税を納めたり、この国の企業の株を購入するために必要とされたため、外国でも流通するようになり、物資(特に食料や牛馬)の輸入代金の支払いにも使えるようになった。

シンデレラは、王子と同様に『ペテン』で国を救ったのである。 結局のところ、王国には僅かな資金しか残されていなかったのに、大商人の信用を裏付けに金融システムを整備して戦費を賄い、さらには工業化の資金までださせたのである。
大商人たちは、最初シンデレラのことをいいカモだと考えていた。彼ら/彼女らは、シンデレラの改革に拍手を送っておきながら、その裏では国がどうなっても自分だけ短期的な利益や利権を得られればいいと思っていた。しかし、気づいたときには遅かった、彼らは資金的にも政治的にもシンデレラ政権にコミットしすぎてしまっていた。シンデレラ政権が倒れれば、一蓮托生で自分たちも致命傷を負いかねない状況だった。今や、わが国の大商人たちは、こぞってシンデレラをバックアップし、経済・金融改革を成功させて、戦争を勝利に導かざるを得ない状況に陥っていた。

やがて北部国境の戦場には物資があふれるようになった。
さらに、補給線の街道には、補給物資と新兵を積んで北へ向かう馬車と、難民や傷病兵を積んで南に向かう馬車がひっきりなしにすれ違っていた。

春先に男手が無いことを不安視されていた畑は、残った女子供や老人によって種まきがされた。女子供は、シンデレラから支給された耕運機で、これまでになく深く畑を耕した。そして、播種機を使って、正確に等間隔で、しかも素早く小麦やジャガイモを植えた。夏を迎えることころには、それらが青々と茂り、今年の豊作が予想された。

第6章: 王子の帰還

結局、激しい戦いは翌年の冬まで続いた。

王と王子は、潤沢な物資を背景に、次々と拠点を奪還し、ついには北の軍勢を湿地帯の古砦へと追い詰めた。包囲された敵軍は、補給路を断たれ、半年もの間、飢餓と疫病に苦しんだという。最後まで抵抗を続けた北の王が息絶えると、残された兵士たちはようやく降伏したが、その姿は骨と皮ばかりで、見る影もなかった。

一方、その頃、王と王子は、北の領内に聳え立つ要塞を攻略し、敵国への逆侵攻の準備を進めていた。そんな折、北の女王から一人の使者がひっそりと現れた。それは、無条件降伏を申し出るための使者だった。

北の王国がわが国に侵攻したのは、もともと深刻な食糧不足を解消するためだった。しかし、予想外の長期戦となり、食料を奪うどころか、徴兵された農民たちは春の種まきの時期を逃し、翌年の収穫も絶望的となった。農作業に不可欠な牛や馬も軍に徴用され、農村に残されたのは、非力な女子供や老人ばかり。彼らは、細い腕で畑を耕し、種を蒔くしかなかった。さらに、男手が不足したことで、ため池や排水路の管理も行き届かず、長雨や干ばつの被害をまともに受けてしまった。秋を迎えても、わずかな収穫しか得られず、北の王国はもはや戦争を継続する余力はなく、国民の飢餓を少しでも食い止めることに全力を注ぐしかない状況だったのだ。

王と王子は、北の女王と現状追認を基本とした講和条約を結んだ。王子の手によって陥落した北の王国南端の要塞は、天然の地形を生かした難攻不落の要害であり、しかも北の王国随一の穀倉地帯の中心に位置していた。周囲の山々には豊富な鉱物資源も眠っている。この地を確保しておけば、北の王国が再びわが国に侵攻する可能性は著しく低下するだろう。北の王国全土を併合することも不可能ではなかったが、経済が破綻し、飢餓が蔓延する国を併合すれば、共倒れになりかねないという冷静な判断があった。加えて、これ以上、兵士(すなわち農民)を動員し続ければ、自分たちの故郷も同じような惨状を辿るかもしれないという不安も、王と王子にはあった。戦況が膠着していた時期、女王とシンデレラは、後方から食料や武具、日用品を惜しみなく前線に送り続けてくれた。そのおかげで、前線では物資が有り余るほどだったが、それは民衆、特に農民たちに相当な負担を強いているに違いないと、二人は感じていたのだ。

しかし、王と王子が勝利を女王とシンデレラに知らせた後も、前線への食糧の搬入は止まらなかった。

輸送部隊を率いる将校に理由を尋ねると、それはシンデレラ妃の指示で、北の女王に食料を格安で売却するためだという。王子は、一瞬、シンデレラが正気を失ったのではないかと思った。国民を飢えさせてまで金銭を欲しがるとは。かつて頭をよぎった「商家の出の妃」という言葉が、再び脳裏をかすめた。

王子は、軍の撤収を王に任せ、一足先に王都へ戻ることにした。帰路、北へ向かう食料を満載した荷車と何度もすれ違い、南へ戻る金銀を積んだ荷車を追い抜きながら、急ぎ足で王都を目指した。

途中の宿場に逗留すると、もちろん豪華な料理で歓迎を受けたが、それは無理に乏しい食材を集めたような印象はなかった。むしろ、住民たちの顔色は以前よりも良く、活気に満ちているように見えた。農村地帯では、見慣れない機械をたくさんの牛が曳き、畑を耕している光景が目に飛び込んできた。聞けば、それは国営工廠から支給された「耕運機」というものらしい。他にも、種を蒔く機械や作物を刈り取る機械なども支給され、女子供でも大人の男数人分の作業ができるようになったという。そのおかげで、今ではこの国には食料が有り余っていると、行く先々で感謝されたが、王子の心にはまだ実感が湧かなかった。

狐につままれたような心地で王都に戻ると、そこは一年前とはまるで別世界だった。女性たちが生き生きと通りを行き交い、街全体が活気に満ち溢れていた。以前のような華やかな装いの女性はほとんど見かけず、皆、男性の狩衣に似た動きやすい服を着て、長く伸ばしていた髪を短く切るか、後ろに束ねていた。

王子は、女王とシンデレラを驚かせようと、事前に知らせた時刻よりもかなり早く王宮に到着した。二人が執務室にいると聞いた王子は、忍び足で扉に近づき、静かに開けた。執務室には、膨大な量の書類が整然と積み上げられ、母と妻が、見慣れた貴族の夫人や娘たちと共に、黒板に図やグラフ、数式のようなものを書き込んでは消し、楽しそうに何かを話し合っていた。中には、結婚式以来、王子が意識的に避けてきたシンデレラの継母の姿もあった。

しかし、王子には彼女たちが何を話しているのか、まるで理解できなかった。確かにそれはこの国の言葉ではあったが、何が理解できないのかさえ理解できないほど、王子の知識や常識からかけ離れた内容だった。

女王とシンデレラが王子の姿に気づくと、彼女たちは一瞬動きを止めた後、手にしていたペンやチョークを放り出し、涙を浮かべながら王子に抱き着いた。それは、いつもの優しく温かい母と妻だった。ただ、彼女たちの手のひらがチョークで白く染まり、手の側面やドレスの袖がインクで汚れているのが、以前とは違うところだった。

三人が再会の喜びに浸った後、王子は自分がなぜ急いで王都に戻ってきたのかを思い出した。
そして、シンデレラに、なぜ敵国に食料を格安で輸出しているのかを尋ねた。
シンデレラは、淀みなく答えた。今年は戦況が長期化することも見越して、味よりも収穫量の多い小麦やジャガイモを積極的に栽培した。その上、幸運にも天候に恵まれたため、記録的な豊作となり、食料が大量に余っているのだと。倉庫はすでに満杯で、このままでは食料価格が暴落し、農家の人々の生活が立ち行かなくなる。それを考えれば、むしろこちらが輸送費を負担して無償で援助しても良いほどなのだ、と続けた。
女王も当然だとばかりに頷き、さらに言葉を添えた。好景気で市場に出回るお金の量が不足し、食料品以外の物の値段が上がっている。一方、北の国では貴金属が余っているのに食料が不足している。北の国は足りない食料を得て、わが国は、王立銀行の準備金を積み増すことにより、お金を供給してインフレを抑止できる。この食料と貴金属の取引は、双方の問題を解決する、全く公平なディール(取引)なのだ、とこともなげに言った。
王子が混乱した表情を浮かべているのを見たシンデレラは、優しく解説した。
「私たちは、戦場から帰ってくるあなたたちを精一杯もてなすために、収穫量は多いけれど少し大味な小麦やジャガイモを飢餓に苦しむ北の国に輸出し、その代わりに、別の国から美味しい小麦やジャガイモを輸入することにしたのですよ。」
それならば、王子にも理解できた。シンデレラはまだしも、つい先日まで笑顔で挨拶をすることだけが仕事だった母親が、難しい経済の話をして国を運営しているとは、確かに驚きだった。しかし、実際に会ってみれば、彼女たちが自分たちの利益だけを考えて、王子をないがしろにするはずがないことは明らかだった。そして、こと内政に関しては、彼女たちの方が自分よりもずっとうまくやっているということも、認めざるを得なかった。

ここで、疎外感を感じて塞ぎ込むのではなく、「奥のことは奥に任せて、自分は自分の仕事に専念しよう」と割り切れるのが、この国の男たちの良いところである。王子は、都へ凱旋するために行軍中の王に手紙を書いた。女王とシンデレラが立派に内政を担っていること、わが国は記録的な豊作であり、北の国に格安で食料を輸出しても全く問題ないこと、むしろかつての敵に慈悲をかけるのは武門の誉れであると。

王が大軍と共に王都に凱旋すると、三日間にわたる盛大な祝祭が催された。振り返れば、苦戦したのは初戦の撤退戦だけで、その後は豊富な物量に支えられた包囲作戦が功を奏し、出陣した兵士のほとんどが五体満足で故郷に戻ることができた。

復員した男たちは、女たちによって格段に効率化された職場に戻った。それにより家庭に戻る女もいたが、新たに設立された人事管理、生産管理、品質管理といった部門で重要な役割を担う女も多かった。男たちは、(もともと女子供でもできるようにするための生産方法の簡略化や品質の妥協から始まった)「戦時量産体制」をより洗練された形で平時に引き継いだ。
これ以降、男性は主に農業や工業の現場で働き、それらの管理や運営、企画は女性が中心となって行うという、新しい社会のあり方が生まれた。

一年間の挙国一致体制は、庶民や女性の権利拡大を力強く後押しした。これまで神官と貴族による二院制だった議会は、すべての成人男女の入れ札で議員を選ぶ庶民院を加えた三院制へと移行した。 わが国は、シンデレラ妃の時代、いち早く男女平等の民主的な政治体制へと歩み始めたのである。 後の世の事であるが、やがて閣僚が原則的に庶民院議員から選ばれるようになったため、神官や貴族で政治的野心のあるものは庶民院の議員選挙に立候補するようになった。一方で、一定期間議員を務めたものは一代男爵や一代司教に任命されて貴族院や神官院の終身議員になった。最終的に、わが国の議会は、事実上庶民院の一院制となり、貴族院や神官院は人材プール・諮問機関・シンクタンクの役割を果たすようになった。

第7章: そうして二人は末永く幸せに暮らしましたとさ

戦後処理が済むと、王様と女王様は引退して、王位を王子様とシンデレラ妃に譲りました。
彼らは、国と国民に対してすべての責任を負う仕事を、今後何十年間も続けることになるでしょう。

一方で、元王様は、退位すると、子供のころから本当にやりたかったダンスと時計作りに没頭するようになりました。
女王様は、会計を学ぶ上で興味をひかれるようになった数学を趣味とし、とくに当時花開きつつあった群論や整数論の研究にとりかかりました。
そして、時折二人で山荘に行きました。元王様と元女王様は、パンと牛乳、玉子と少しのベーコンだけの質素な食事を手ずから作って二人だけで食べました。
そうして二人は末永く幸せに暮らしました。

おしまい


/AI/ChatAI千夜一夜/0070/0079.かぼちゃの馬車と魔法の鏡 に続く