ディズニー三部作
- /AI/ChatAI千夜一夜/0070/0076.Snow White
- /AI/ChatAI千夜一夜/0070/0078.シンデレラ物語
- /AI/ChatAI千夜一夜/0070/0079.かぼちゃの馬車と魔法の鏡
プロローグ
遥か遠い昔、地中海の海は荒れ狂い、人々は海賊の脅威に怯えながら暮らしていました。
かつてローマ帝国の保護のもと、それぞれの土地は得意な作物を作り、それらが流通することで誰もが豊かな暮らしを享受していました。しかし、そんな平和な時代は過ぎ去り、海上貿易は途絶え、各地は孤立無援になりました。生産される作物はそれぞれの土地で作られるわずかな必需品に限られ、嗜好品や薬品は、存在すら忘れられるようになります。人々の生活は貧しく、沿岸の町々は海賊に襲われます。町々は、略奪の限りを尽くされたばかりか、捕らえられた人々は奴隷として売り飛ばされました。やがて、残った人々は海岸を離れ、丘陵に城塞都市を築き、そこに閉じこもるようになります。
若き王の誕生
そんな暗き時代に、イベリア半島南部の小国の王とロサス島の王女の間に、マグニフィコという名の王子が生まれました。父と母の結婚は、海と陸とが互いを補い合う理想的な王国を築き上げました。陸では豊かな農作物が実り、海では獲れたての魚が人々の食卓を潤し、活発な貿易が王国に富をもたらしました。陸で戦が起きて籠城する事態になっても、海から物資が補給され、逆に海が封鎖されても陸からの恵みで飢えることはありませんでした。まさに、理想的な互助関係がそこにはありました。
しかし、幸福な時は長く続きませんでした。ある日、大勢の海賊が連合してロサスの街を襲い、マグニフィコの父と母は命を落とします。それはロサス王に自説を容れられなかった自称軍師の吟遊詩人による手引きでした。陸側の穀倉地帯で略奪を働く海賊を追い払うために、ロサス島の海軍が出撃したすきを狙って、隠れていた本隊がロサスの街を襲ったのです。ロサスの街はあっけなく陥落、街は略奪の限りを尽くされて破壊され、生き残った者たちは捕らえられて奴隷として売り払われました。
かろうじて難を逃れたマグニフィコは、遠縁にあたる神聖ローマ皇帝、フリードリッヒ二世のもとへと身を寄せました。
シチリアのフリードリッヒ二世の宮廷は、多種多様な民族が行き交う、知識と文化の宝庫でした。ラテン語、ギリシア語、アラビア語、イタリア語、スペイン語、フランス語そしてドイツ語が飛び交い、幼きマグニフィコはそれらの言語を瞬く間に習得していきました。フリードリッヒ二世は、ドイツ皇帝とシチリア王を兼ね、かつては十字軍を率いてイスラムのスルタンと講和し、エルサレムを無血で奪還したほどの偉大な王でした。しかし、晩年のフリードリッヒ二世には様々な困難が立ちふさがります。イタリア本国をめぐって教皇と争い、何度も破門されました。ドイツの統治を任せていた息子は諸侯にそそのかされて反乱を起こし、自ら征伐しなければなりませんでした。また、王宮のあるパレルモでは貴族たちが様々な策謀を仕掛けてきました。
フリードリッヒ二世の教えと願いの探求
フリードリッヒ二世は、マグニフィコを孫のように可愛がり、最高の教育を施しました。彼は常にマグニフィコに問いかけました。「おまえは、なんのために生まれて、何をして生きるんだね?」マグニフィコは、最初は「名誉のため」「信仰のため」「復讐のため」といった借り物の言葉を口にしましたが、そのたびにフリードリッヒ二世は諭しました。それらの願いが、かえって世の中に不幸をもたらすこともあるのだと。
やがてマグニフィコが元服する頃、再びフリードリッヒ二世は同じ問いを投げかけます。マグニフィコは力強く答えました。「飢えている人々に食べ物を与え、おびえる人々に安心できる寝床を与えたい。」その言葉に、フリードリッヒ二世は深く頷き、言いました。「小僧、その答えや芳し。人間、願わずには何も叶わぬが、どんな願いも叶えて良いわけではない。幸せを望んで願ったことが、実現してみれば自分や誰かを不幸にすることはよくあることなのだ。『飢えている人に食べ物を与え、夜おびえなくても眠れるようにすること』、これは誰も不幸にしない世にもまれな願いだ。叶えるべき願いを吟味すること、特に人の上に立つものは、それを忘れてはいけないよ。」
フリードリッヒ二世は、マグニフィコの願いを手助けすることにしました。フリードリッヒ二世は、マグニフィコがエジプトで魔術を学べるよう、エジプトを支配しているスルタンとコプト教会の大司祭に紹介状を書きました。コプト教会は、古代エジプトの魔術とイエスの奇跡を今に伝える、初期キリスト教団の分派でした。マグニフィコはそこで、まるで砂に水が染み込むように魔術を習得していきました。ようやく一通りの魔術を使えるようになったときには、慢心からいろいろな失敗をしました。たとえば、甕と箒に魔法をかけて掃除当番をサボろうとしたところ、無限に掃除をしてしまい、あやうく教会に大穴を開けて水びだしにしそうになりました。ギザでは今でもこの時の穴が井戸として使われているそうです。十年も経つ頃には、安全に魔法を使えるようになり、また学ぶものは何もなくなりました。そこで、さらに三年のあいだ教会に対する感謝の奉仕を行ったマグニフィコは、ようやく故郷に国を築くため、ロサス島へと帰る決意をします。
王の帰還とロサスの繁栄
アレクサンドリアの図書館で季節風を待つ間、マグニフィコはフリードリッヒ二世が亡くなったことを知ります。予想していたこととはいえ、その事実に胸は締め付けられました。マグニフィコは、故郷への帰路の途中で、フリードリッヒ二世への手向けとして、支持者の多かったエトナ火山の溶岩チューブにはフリードリッヒ二世に似せたゴーレムを、反対者の多かったドイツのハルツ山の廃坑にはその影を放ちました。シチリア人はいつまでも王を覚えておくことができ、ドイツ人はいつまでもその影に怯えることになるでしょう。
故郷ロサス島に帰ると、四半世紀前の略奪の痕跡はまだ生々しく残っていました。それでも残っていた住民たちは、領主の息子の帰還を心から歓迎しました。マグニフィコは父方の親族から妻を迎え、国の復興に着手します。魔法で崩れた城を修復し、甕と箒に魔法をかけて掃除をさせ、漁港には防波堤を築いて浚渫し漁民の生活を安定させました。荒れ果てた畑はゴーレムに開墾させ、大麦を植えました。
そして、この海域を縄張りとする海賊には、島を襲わないよう交渉を持ちかけました。真新しい城と、魔法で動く鎧に恐れをなした海賊たちは、ロサスの港に安全に停泊できる代わりに、ロサスを襲わず、他の海賊がロサスを襲った場合は協力して撃退するという条件を呑みました。動く鎧は、実は子供が蹴ってもバラバラになるほどの代物でしたが、それにより血を流さずに同盟を結ぶことができたのです。
「ロサスに行けば海賊に襲われない」「ロサスに行けばパンが食える」。その噂は瞬く間に広まり、近隣の国々から人々がロサスに集まるようになりました。この時代に、このような土地は他にどこにもなかったからです。マグニフィコ王は、移住を希望する者に「願い」を王に預けることを義務付けました。そうすることで、移住者は何を願っていたのかを忘れてしまうのですが、これは王が幼い頃に裏切り者が引き入れた海賊に国を滅ぼされた経験から、移住者が国を危うくする「願い」を持っていないかを確認したかったからでした。しかし、この制度は思わぬ評判をロサスにもたらしました。「ロサスに行けば王が『願い』をかなえてくれる」と。
それからさらに四半世紀が経ちました。ロサス島は空前の繁栄を謳歌していました。かつてフリードリッヒ二世が統治していたシチリアのように、スペイン人、ギリシャ人、ベルベル人、イタリア人、アラブ人が仲良く暮らしていました。各地で迫害されていたユダヤ人やロマ、そして障害を持つ人々でさえ、この島では安心して生業につき、堂々と暮らすことができました。西地中海の物資はすべてロサスに集まり、そこから各地へ売られていきました。それは古代ローマの地中海貿易網の西半分が復活したかのようでした。フランスもスペインも神聖ローマ帝国も、この小さな国に軍事的に手を出すことはできませんでした。一国がロサスを手に入れれば、西地中海のパワーバランスが大きく崩れることを恐れ、残りの二国が牽制したのです。教皇庁も、キリスト教国でありながら宗教的要素の薄いこの小国に利用価値を見出し、表立った非難は避けました。遠くサラディンもこの島の中立の利点を理解し、イスラム教徒の海賊に対し、ロサスだけは襲わないよう影響力を行使しました。
ロサスを訪れた人々は、まず食べ物が豊富にあることに驚愕しました。中世末期、食べ物が無く飢えに苦しむのが常であったこの時代に、ロサスでは毎日何を食べるかを選ぶことができました。滞在するうちに、彼らは味覚の豊富さにも驚かされました。砂糖や胡椒、その他のスパイスやハーブがふんだんに使われた料理は、おもわず舌鼓を打つほどでした。特に、大量の砂糖とバターが練り込まれたクッキーは、ロサスの外では貴族でさえめったに口にできない贅沢品でしたが、ここでは庶民の子供たちが頬張っていました。王宮では、障害を持つ人々が、クッキーの上に様々な染料で色付けされた砂糖を使って王の顔を描き、それらは国民や観光客に振る舞われ、王の治世の繁栄を印象付けました。
王の孤独と破滅の萌芽
しかし、ロサスにも一抹の影が差し込んでいました。マグニフィコ王には、ともに国を立ち上げた王妃との間に、一人の王子がいましたが、王子は遠くパリで暮らしています。それにはこんなわけがありました。
王妃には、かつてのロサス王国が領有していた大陸側の領地を復旧し、王国を完全な姿にしたいという願いがありました。王妃は大陸側の生まれで、ロサス島とは縁遠く、この王国で疎外感を抱いていたのです。もしも王国が島と陸にまたがる領土を得れば、島の継承権を持つ王と陸の継承権を持つ王妃とで、対等な立場で国の運営に当たれると考えていました。しかし、マグニフィコ王はその願いを拒否しました。すでに大陸側には別の領主がおり、彼らを追い出すには暴力が必要であり、いったん暴力を使えばその連鎖は断ち切れないだろうと考えたからです。
優しい王子は、母の願いを叶えるため、少数の仲間とともに大陸に渡り、ロサスへの併合を画策しました。しかし、マグニフィコ王は王子を応援しませんでした。身内の野心に国民を巻き込むわけにはいかなかったからです。王子の軍は善戦するも敗退し、王子はフランスに亡命しました。マグニフィコ王は多額の金を王子に送り、貴族としての生活が成り立つようにしました。王子は亡命先のパリ大学で神学を学び、やがて碩学の一人に数えらるようになりました。しかし、王子の軍が敗れてから、王妃はマグニフィコ王を愛するのをやめました。誰にでも笑顔で接する王妃の心は、常に空虚でした。
ロサスでは、マグニフィコ王とシチリアから亡命してきた少数の官僚がすべての政務を担っていました。マグニフィコ王の唯一の息抜きは、保管している国民の願いを眺めることでした。この国では、移民は移住時に、この国で生まれたものは十八歳になった時に、王に願いを託すのが習わしでした。マグニフィコ王は、この中から魔法を使わずに叶えられるものはなるべく叶えました。それがマグニフィコ王の唯一の楽しみでした。建築家になりたいと願う者には奨学金を与えてローマで建築を学ばせました。彼女は、後に高さ百メートルもの大聖堂をロサス島に建てました。法律家になりたいと願う者には、フリードリッヒ二世が作ったナポリ大学に留学させました。彼は、後にロサスに大学を創設しました。船乗りになりたいと願う者には、信頼できるジェノバの親方に紹介状を書き、支度金を与えて弟子にしてもらいました。彼は、後に西回りでインドに到達しようという、途方もない冒険にでかけました。
しかし、自分を高めるのではなく、相手をどうこうしてほしいという願いは決して叶えませんでした。「誰それと一緒になりたい」「誰それに振り向いてもらいたい」といった若気の至りの可愛い願いは、いつ眺めても愛おしかったのですが、相手があることなので叶えませんでした。それとは別に「自説を人々に広めたい」「歌で若者を導きたい」といった願いには嫌悪を覚えました。他人の意志に介入すること、それは人生の師であるフリードリッヒ二世が最も嫌悪したことだったからです。
マグニフィコ王も年老いてきました。最近は一日の終わりにどっと疲れが出るようになり、王子がフランスに亡命してからは孤独を感じていました。王妃はマグニフィコ王になにくれとなく優しく接してくれましたが、不幸にも(魔法を使わずとも)人の顔色を伺って生きていた孤児の経験から、その好意が空虚であることが手に取るようにわかってしまいました。それに、ロサスの外の厳しい状況を知らない、この国生まれの移民二世や三世を中心に、すべての願いが叶っていないことに対する不満が高まっていることも、気に障るようになっていました。老いは、以前ならば笑い飛ばせていたことを、心のうちに溜め込ませるようにしていました。時には、執務室で人払いをして、魔法で作った人形をいじめることでストレスを解消していました。そうやって、ようやく、王妃や廷臣、国民の前で、以前の通り寛大な王を演じることができました。
マグニフィコ王は、遅かれ早かれ訪れる自分のいなくなった後のロサスのことを考えなければなりませんでした。そこで弟子を募集することにします。本来ならば王子がその役目を果たすはずでしたが、国民のためには致し方ありませんでした。たくさんの応募者の中から、魔法の才能のあるアーシャという名の少女が選ばれました。アーシャはユダヤ人哲学者と黒人の動物学者の間に生まれました。マグニフィコ王と哲学者はよき友人でした。友人が不幸にして若くして亡くなると、マグニフィコ王はアーシャとその母親を陰ながら支援しました。マグニフィコ王は、(数少ない)友人の娘が素直に育ち、弟子に、つまり王国の後継者候補になったことを喜びました。アーシャがユダヤ人と黒人の血を引いてることは、ほかの国では問題になったでしょうが、この国では何が問題なのか誰も気にしないほど問題ではありませんでした。
楽園の崩壊
かつてマグニフィコ王が一通りの魔術を習得した頃、慢心から甕と箒に魔法をかけて暴走させる失敗をしました。アーシャの場合、最悪なことに、その慢心に悪魔が付け入り、悪に魅入られてしまいます。その悪魔は、一見すると星を象ったぬいぐるみのような愛らしい姿をしていました。しかし、その実態は明けの明星、つまり堕天使の王、地獄の王ルシファーだったのです。願いの保管庫で、アーシャが百歳になる祖父サビーノの「歌で若者を導きたい」という願いが放置されているのを見つけたとき、悪魔がささやきました。「すべての願いを叶えよう。すでにお前にはそれができる実力があるのだ。願いを選別するなんて、間違っているのはマグニフィコ王だ。」悪魔は最初から悪逆無道を唆すのではなく、無責任な善意を後押しするのです。その善意は、取り返しのつかない破壊をもたらし、人の心を壊す。心が壊れた人は、どんな悪逆無道でも為すようになるのです。
アーシャが願いを成就し始めると、国の各所で混乱が始まりました。誰かの願いの成就は、別の誰かの不幸につながりました。ロサスの外と同様に嫉妬、敵意、暴力が広まり、人々の間にあった信頼関係は崩れ去っていきました。
マグニフィコ王は、黒魔法を使うことを決断しました。悪魔を倒し、国の混乱を収めるためには、自分が悪魔になる覚悟が必要でした。それを実行すれば人間に戻れなくなるかもしれないが、国民のためには仕方がないと覚悟しました。書斎で魔方陣を描き、闇のエネルギーを体に注ぎ込んでいるその時、王妃が満面の笑みを浮かべて入ってきました。そして、いざというときのために王妃預けていた魔法の鏡の扉を開きました。マグニフィコ王は鏡に吸い込まれていきました。王妃は満足げにつぶやきました。「ずっとあなたがいなくなればいいと思っていた。それが私の望み。」
地獄のような一夜が始まります。アーシャの祖父サビーノは、自分の願いに忠実であることを訴える歌を歌い、それを聞いた人々が自分の願いを成就させるため集まり始めます。やがて彼らは暴徒となり暴動を起こしました。まず、マグニフィコ王によって願いをかなえられたとされた人々が裏切り者として虐殺されました。彼らの多くは、マグニフィコ王の魔法ではなく、自身の努力と、少しの国の支援で願いをかなえたのですが、そんなことは暴徒には関係ありません。何も挑戦せず、何者にもなれなかったなかった自分を差し置いて、先に進んでいた者たちを引きずり下ろすのが彼らの願いでした。 また、ある男は一方的に好意を寄せていた女を強姦し、容姿に引け目を感じていた女は、羨んでいた幼馴染の顔に熱湯をかけました。どの願いも、マグニフィコ王が保管し、当人も忘れていた願いでした。
やがて人々は城と政庁に押し寄せました。城で障害者が作っていた、王の顔が描かれたクッキーは、憎しみを込めて踏み潰されました。それらは、つい昨日まで自分たちが誇りとし、観光客に対して自慢の種にしていたものだったにもかかわらずです。王とともに国を担っていたフリードリッヒ二世の遺臣たちは、逃亡するか粛清されました。
城の天守で、アーシャと星のぬいぐるみが燃える街を眺めています。星のぬいぐるみは、アーシャにこう言いました。
「世界で最も幸せな国を、その国民自身の手でめちゃめちゃにすること。神に似せて作られたヒトが、実はどうしようもないケダモノだと証明すること。それがオレの望み」
それだけ言うと、呆然とするアーシャを残してルシファーは空に帰って行きました。
アーシャは、自分がしてしまったことに戦慄しました。しかし、卑劣にも自己正当化をしました。「国民が選んだことだ」「マグニフィコ王は人々の願いを独断で選別していた」「マグニフィコ王は魔法で作った人形をいじめることでストレスを解消するクソ野郎だ。」そして、ロサスの外でも、望みを叶えられない人々の望みを叶えようと心に決めました。
ロサス王国は、マグニフィコ王が急病で倒れ、王妃が跡を継いだ、と発表しました。しかし、突如として国民が暴動を起こし、マグニフィコ王を倒したことは知れ渡っていました。神聖ローマ帝国もフランスもスペインも、そして宗教に寛容なマグニフィコ王を内心苦々しく思っていた教皇庁も、この事態に震撼しました。一代で中継貿易の拠点を築き、人々に十分な食料と安全を提供していた王でさえ、怒り狂った民衆に一夜で倒されたのです。しかも、民衆には、これと言って怒り狂う理由はありませんでした。
周辺国は革命の輸出を警戒し、貿易を制限して難民を追い返しました。革命当時ロサスに滞在していた自国民でさえ、秘密警察の監視下に置かれました。ロサスの行政は、マグニフィコ王と少数の近臣が献身的に担っていましたが、国民が彼らを打倒してしまったので、たちまち麻痺しました。辻々にごみは放置され、やがて下水道や上水道が機能しなくなりました。裏路地では強盗が跋扈するようになり、自警団は強盗をとらえて残酷な私刑を行いました。疫病が蔓延しても、医療関係者は革命時に粛清されるか逃亡しており、残っていた数少ない医師のもとにも医薬品はありませんでした。
また、中継貿易の拠点としての地位はイタリアの都市国家に奪われました。ロサス王国の手持ちの金銀が尽きると、国民は日々の食料にも事欠くようになりました。以前はふんだんに砂糖を使った菓子をおやつに食べていましたが、今では一杯の燕麦と塩の粥がご馳走でした。しかし、各国が革命を恐れているので難民として国を出ることもできません。しかし、ここに及んでも国民は自分が何をしてしまったのかを理解しようとはしませんでした。
かぼちゃの馬車
やがて、マグニフィコ王が弟子にとった黒人とユダヤ人のハーフの少女が、マグニフィコ王裏切って魔法で民衆を扇動し、ロサスを滅亡に追い込んだと各国に伝えられます。各国の王様や貴族、教会は恐怖におびえて、魔女狩りを始めました。また、ユダヤ人や黒人、ロマに対する迫害も始まりました。
長い年月が流れました。アーシャは老婆になってから年を取らなくなりました。もはや人種もわからない、しわくちゃなお婆さんでした。死ねないのは、ロサスを滅ぼした呪いなのでしょうか?それとも、すべての願いを叶えようという発願のせいでしょうか?アーシャは何年かごとに住処を変え、すべての人間関係を捨てなければなりませんでした。何十年も死なない老婆などという噂が立てば、火あぶりにされかねなかったからです。
そんなことを何回か繰り返したとき、ある男爵家に下働きとして仕えることになりました。あるとき、男爵家の若様を魔法で救ったことをきっかけに、アーシャは男爵家に何代にもわたってかくまわれることになりました。アーシャが死なないのは、当主と一部の重臣だけの秘密でした。アーシャがいなければ家が絶えていたと感謝する半面、魔法で救われたことを表ざたにしたくないのも本心でした。ほとんどの家臣や召使にとってアーシャは、自分が出仕するはるか以前から男爵家に仕えている下働きのお婆さんでした。口さがない召使は、アーシャを先代、あるいは先々代のお手付きだったのだと噂しましたが、歴代の当主はその便利な噂を否定も肯定もしませんでした。
やがて何代目かの男爵が商売に手を出し没落すると、商売上手の後妻が男爵家を乗っ取りました。一人娘のお嬢様は、家の仕事をさせられるようになりました。後妻とその娘たちが、お嬢様を置いて舞踏会に行ったと聞いたときには、久しぶりに、本当に久しぶりに涙が流れました。アーシャは、自分の望みが、望みを叶えようにも叶えられない人に、チャンスをあげることだったのだと思い出したのです。アーシャは、そのかわいそうなお嬢様(かまどのそばに寝床があったのでシンデレラ(灰かぶり)とあだ名されていました)のために、魔法でかぼちゃを馬車に変え、子ネズミを馬に、親ネズミを馬丁に、ヤモリを従者に変えました。そして、お嬢様の作務衣を最高のドレスに変えました。お嬢様は、たいそう喜んで舞踏会に出かけて行きました。
魔法の鏡
ロサス王国が崩壊すると、王妃は、夫が封印された鏡とともに、息子を頼ってパリに流れ着きました。愛する息子は、王妃を激しく罵りました。誰も差別されず、誰も飢えを知らない国をなぜ地獄に変えたのかと。それでもパリの神学界の重鎮となっていた息子は、母のためにパリでの居場所を用意してくれました。
王妃が鏡に話しかけると、鏡はなんでも事務的に答えました。それは、偉大な魔法使いであった夫の残留思念であったのかもしれないし、夫を裏切った挙句国を失い、精神を病んだ王妃の妄想だったのかもしれません。王妃はあの時のまま年を取らなくなりました。そして、王妃は鏡の助言に従って、長い年月をかけて莫大な富を築きました。
王妃は自分が死なないことを隠す必要がありました。そこで、王妃は数十年ごとに社交界から身を隠しました。そして、皆が忘れたころに再び、滅亡したロサス王家の裕福な子孫としてパリの社交界に戻ってきました。王妃が、そんなことを何回か繰り返したころ、フランス王太子妃のサロンで、ある国の王様から求婚されます。鏡によれば、王の目的の半分は王妃の美貌、半分は莫大な資産だそうです。 その王は、最近妻をなくした上に、反抗期の娘を抱えて困っていると言いました。娘は、豪雪の日に生まれたので、白雪姫と言われているそうです。
おしまい
エピローグ
「マグ…マグ…おい、起きろ!」
耳元で響く声に、マグニフィコは重い瞼をゆっくりと持ち上げた。視界に飛び込んできたのは、見慣れたはずの、しかしどこか現実離れした光景。
「あれ、お師匠様?」
口からこぼれた言葉に、彼自身が驚く。確か、自分はアーシャという娘と愛しい妃によって魔法の鏡に封印されたはずでは? お師匠様が助けてくれたのか?
「なにが、お師匠様だよ。作画チェックが山のように溜まっているだろ!」
叱責の声に、脳裏に靄がかかっていた記憶がだんだんと鮮明になっていく。
ここは、1939年。場所はカリフォルニア州バーバンク、ウォルト・ディズニー・スタジオ。そして自分は、いま、まさに革命的な漫画映画「ファンタジア」の制作に携わっているのだ。
跳ね起きるように立ち上がると、目の前にウォルト・ディズニーが立っていた。彼は「少し、夜風に当たってこよう」と呟き、コーヒーメーカーから煮詰まった不味いコーヒーを2つのカップに注いだ。そして、背広の内ポケットからスキットルを取り出し、それぞれのカップに琥珀色の液体を注ぎ入れる。マグにそれを持って付いてくるように促すウォルトの背中を、マグはぼんやりと追いかけた。
エレベーターで最上階へ。さらに非常階段を上り、屋上へ出ると、冷たい夜風が二人の頬を撫でた。ウィスキー入りのコーヒーを一口飲むと、その苦さと香りが、覚醒しきっていなかった脳を揺さぶる。
「社長、さっきはどうもすみませんでした」
マグは頭を下げた。自分の不甲斐なさに、情けない思いがこみ上げる。
ウォルトは、彼の言葉を遮るように静かに話し始めた。
「君たちが、もう何日も家に帰ってないことは知っている。だが、ここが踏ん張りどころだ。金のことはいい。白雪姫の収益を全部つぎ込んで、私の自宅にも抵当がつけられたが、もっと必要なら、そこは兄さんが何とかしてくれるだろう」
ウォルトの視線は、遠くの街の灯りを見つめている。言葉とは裏腹に、その横顔は、疲労の色を隠せないでいた。
「だが、今ファンタジアを公開することが必要なんだ。昨日、ついにナチはポーランドに攻め込んだ。ジャップも中国で悲惨な侵略戦争をしている。ここカリフォルニアでも、ユダヤ人やアジア人や黒人を排斥しようという奴らがのさばってきている。世界中で人間みんなおかしくなっちまっているんだよ」
マグは息を飲んだ。彼の薄れつつある記憶の中ににある、中世の死と隣り合わせの地中海世界が、20世紀に鮮明に再現されようとしていた。
「こういう時にこそ、新しい最高の芸術作品を人々に提供するのが大切なんだ。映画館で、それに見とれて、他のことは何にも考えられない。そういう魔法が必要なんだ。そしたら映画館から出る時には、またゼロからモノを考えられるに違いない。ゼロから考えたら、どの人種だから殺していいとか、祖国の為なら何をしてもいいとか、そういったものが、いかに馬鹿らしいかなんて、誰にでもわかるだろう」
ウォルトの言葉は、マグの心に深く染み込んだ。
「この新しい芸術が、世界を救うことになるかもしれないんだ。辛いかもしれないが、ここが踏ん張りどころなんだ、どうか協力してくれ」
ウォルトは、そこまで言うと、一作画監督であるマグに向かって深々と頭を下げた。
その姿に、マグの胸に熱いものがこみ上げた。ロサスでの栄光と挫折は、夢だったのか、現実だったのか。どちらにせよ、今、この瞬間、目の前にいるこの男こそが、自分の真の「お師匠様」なのだと確信する。
一生、このお師匠様についていこう。
マグは深く頷いた。彼の心には、過去の過ちを償い、新たな「夢」を創造していくという、確固たる決意が芽生えていた。夜空には満月が輝き、それはまるで、彼がこれから歩む新たな道のりを祝福しているかのようだった。
ほんとうのおしまい